かんとくのこべや【第4話】

2020年11月21日

巷では、

 

「こべやを楽しみにしています!」という声とともに、

 

会話が色々とごちゃ混ぜになって、

 

「小噺も楽しみにしています。」という声も聞くことが出来ました。

 

決して僕は噺家ではございません。

 

が、話に落ちを求められる地域出身であることは確かです。

 

 

 

さて、気を取り直して前回の続きをいきましょう!

 

【強豪クラブでの指導】

あの有名な映画、海猿でも使用された宮崎カーフェリーのデッキ上。

 

見送りの人に向かって紙テープを投げる、(比較的古めの)ドラマや映画のワンシーンのようなことをしました。

 

宮崎を離れるその日、関わった子ども達港までお別れに来てくれました。

 

繋がった紙テープが切れる瞬間。

 

あれはやったことのある人にしかわからない感情がありますが、

 

僕には本当に辛かったです。

 

デッキ上で涙を流しながら、いつまでもその子達が視界から見えなくなるまで、

 

決意を胸に秘めて、見続けた光景は忘れません。

 

 

 

神戸での指導は、県下随一の強豪クラブ。

 

ジュニアからユースまで、一貫指導を掲げていました。

 

当時のスタッフは、日本代表のW杯選手の育成に携わった人達。

 

そのような環境下でまた一から自己の指導を見直し、

 

自己の指導を磨きました。

 

今当時を振り返り表現するならば、

 

気持ち × タフネス × 矛盾、を掛け合わせた指導と言えます。

 

プレーで表現する子ども達をみて指導の奥深さを痛感しました。

 

特に週末や長期休みは一緒に過ごす時間も長く濃かったので、

 

子ども達と向き合う機会や、向き合わざるを得ない機会も多くありました。

 

 

 

チームは、一学年に50名の子ども達がセレクションを経て入団してきます。

 

そんな選ばれた子達を、毎週末ごとにメンバーを半分に分けて活動を行う。

 

今日は誰と同じチームなのか。

 

今日は誰が担当コーチ(監督)なのか。

 

中学生ともなれば、いい面も目を背けたい現実にもぶち当たり向き合う必要が出てきます。

 

毎週末のグループ分け。

 

当然スタッフは子ども達の成長や様子に応じて調整はしていくのですが

 

子ども達も鈍感ではありません。

 

いや、時には過剰な程反応を示します。

 

そうするうちに、レギュラーやサブやらチーム内の序列を作っていくのです、その瞬間の。

 

自分を理解しているが、受け入れられない子達も当然のように現れます。

 

僕はどちらかというと学年のサブ担当だったので、多くの時間を悩み多き子達と過ごしました。

 

 

一つエピソード紹介します。

 

グレまくっていたやんちゃっ子の話。

 

技術は確かだが身体が小さく、ぶつかり合いも飛ばされてばかりのような子。

 

何があってグレたかは知りませんが、出会った時には既に髪の色も人工的に鮮やかになっていました。

 

とある練習試合で、むしゃくしゃした彼。

 

僕が審判をしていた時に感じた、彼から滲み出る雰囲気と目つき。

 

やるだろうなと思った刹那、

 

相手を後ろからフルスイングで蹴る・・・。

 

そして彼は、ベンチの方に自ら歩いて行く。

 

「はぁ~」と溜息交じりの僕は・・・吠えました。(若い力です。笑)

 

「おい、何勝手に退場しようとしてんねん!!試合続けろ!出てえぇなんて言ってへんわ!!!」

(LJJではほぼ聞くことが出来ない、落ちを求められる地域の本気の発音をイメージ下さい。)

 

誰もがきょとんとしたと思います。

(僕は彼をロックオンしてましたので周囲の情景が全く記憶にありません。)

 

審判としては完全アウトです。

 

でも当時の僕は、サッカーのルールを無視して一人の子と向き合うことを選択しました。

 

ここは彼に逃げ道を与える場所ではない。

 

自分の不都合や気持ちと向き合い、

 

我慢をしながらでもやり遂げる経験をさせたい、と。

 

彼もこんな言われ方や経験がなかったであろうに、相当びっくりしたと思います。

 

しかも、僕が担当をしてまだ早々の時期に。

 

ピッチを自ら離れることを許されなかった彼にとって

 

その試合の残りの時間がどんな時間だったか真意はわかりません。

 

でも事実とし僕の目に映った光景、

 

それはそれは見を見張る魂の籠った素晴らしいプレーの連続でした。

 

 

 

「あのコーチは偉そうに監督の真似ばかりするから嫌だ。」

 

「今日はやる気がありません。」

 

「・・・・(無言)。」

 

中学生は本当に多感な時期です。笑

 

だからこそ、一人ひとりを尊重することが大切で、

 

自分の感情やモノサシや経験をだけを頼りに物事を伝え、押し付けない。

 

「チームとしての規律と個の意思の両立を図ってあげる大切さ。」

 

そんな機会を与えてくれた子達には本当に感謝をしています。

 

と同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

 

それはクラブを離れた時の事。

 

僕は長い時間を共にし、真剣に話を聞いて信じてくれた子達に直接のお別れが出来ませんでした。

 

正確に言うと、僕の意思ではなくクラブの方針で出来ませんでした。

 

事実は事実として、今でも僕の大きな後悔のひとつです。

 

だからこそ心に決めていることがあります。

 

それは当時の選手達48名に、当時の気持ちを素直に伝えることと、

 

中途半端に、何も言わずにチームを去ったことの謝罪。

 

今のところ2名には直接それが出来る機会があり、

 

その子達は「大丈夫ですよ。まあいろいろあったと思ってますので。笑 気にしないで下さい。」

 

と、大人になった姿を見せてくれました。

 

 

内1名とは最近ひょんなことからやりとりを行う機会がありました。

 

現在オーストラリアに住んでいて、近々始まるチームのトライアウトを受けるそうです。

 

まあ、この子もなかなかやんちゃくれで、コミュニケーションを取ることの難しいこと。笑

 

それでもその時にこう言ってくれました。

 

「当時の僕はどうかしてました。笑」

 

救われた気持ちや情けない気持ちの行き来は、これからもずっと続くと思いますが、

 

自分の取った行動の結果と逃げずにこれからも向き合っていきます。

 

 

 

このチームを離れた後は、一つのクラブでがっつり指導をさせて頂くことを控えておりました。

 

そして、再びそ縁あってサッカー指導のピッチに帰ってきたのがLJJです。

 

前回も少しお話させて頂いたように、僕の指導の土台となるもの。

 

子どもの成長の為に、子どもと向き合うということ。

 

時にはやさしく、時にはきびしく。

 

寄ったり、離れたり。

 

意見をしたり、静観したり。

 

押したり、引いてみたり。

 

前で引っ張ったり、後ろから追っかけたり。

 

そうしていくうちに、子ども達が心と思考のバランスの取り方を身に付けると思っています。

 

補足ですが、均等や均一、均質であることがだけがバランスではありません。

 

いびつであっても、そこにしかないバランスは存在します。

 

そのバランスを子ども自身で自分のものにし、

 

自分や周囲の状況に応じて調整した上で進めるようになることが、

 

サッカー指導において技術や戦術とかを教える以上に大切だと、僕は信じています。

 

その根底にはあるのは、人としてどうあるべきかだと。

 

 

 

 

 

 

 

僕がLJJにやってくるまでを中心にした、サッカー指導についての話はここで終わりとさせて頂きます。

 

僕の指導にある、技術や戦術は自ら体験し、自らの目で学び、子ども達のプレーの表現で確信出来たものばかりです。

 

でも、土台の部分を教えてくれた、教えてくれるのは関わる子ども達です。

 

今は大人として、コーチとして背筋を正して、

 

時にはあえて偉そうして子どもに接しています。

 

そんな子ども達が大人になった時、

 

「実はあんとき話をした内容にはな、こんな意味があるねん。それはな・・・。」って、

 

立場も年齢もとっぱらった大人同士の、今だから言える話を一緒にするのが僕の楽しみの一つです、

 

ありがとうの言葉を添えて。

 

 

 

 

水野嘉輝

 

 

追伸・・・

 

お子様には、よしコーチこう思っているみたいよ~って、僕の楽しみのネタばらしをするのはお控え下さい!!笑

 

 

※本内容に関するご感想やご意見等は、ljj@maedagroup.co.ukまでご連絡下さい。

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